08 Interview TOMOHITO USHIRO
アートディレクター後智仁がアートを購入する理由
クリエイティブカンパニー「WHITE DESIGN」を主催し、クリエイティブディレクター/アートディレクターとして活躍する後智仁氏。日本に住む私たちが何気なく目にし影響を受けたであろう広告を数多く手掛けている一方、プライベートでは写真を中心にアート作品を所有し楽しんでいる。今回の取材で「デザインはニーズに対する探求、アートは自分に対する探求」と言及していた。そんな後氏に、デザインとアートについて、また購入するアートについて話を聞いてみた。 (Interviewer : KANA YOSHIOKA)
―― 後さんがアートに触れるようになったきっかけを教えていただけますでしょうか?
後智仁 大学は武蔵野美術大学に通っていました。大学へ入るまではラグビー部に所属していたので、世の中には普通の大学と体育の大学しかないと思っていて、体育の大学は色々と厳しそうなイメージがあったのでなんとなく行きたくないなあと思っていました。その後浪人していたときに日本画を専攻している美大生に知り合うきっかけがあって、その時、美大の話にとても感動して、そこで初めて美術大学というものがあるのを知ったんです。それで美術大学へ行きたいと思い、それまで絵など描いたことなかったのに、2日後にはデッサンを習いに学校へ通い始めたんです。
―― これまでに影響を受けた好きなアーティストはいますか?
後智仁 自分のメインはグラフィックなのでアーティストで言えば、アンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインとかですね。ラグビーをやっていた頃から人気だったので、気になっていたのは間違いないです。中高の頃はそれが自然に入ってきたというか、だからその頃からアートは実のところ気になっていたのかもしれません。
―― アートディレクターとして幅広く物事を見られていると思いますが、現在のお仕事ではどのようなことを気にされていますか?
後智仁 アートディレクションは受け取る人へ向けた仕事なので、受け取る人にわかってもらうことを一番に考えますね。僕がこういうものがいいと思っても、受け取った人たちと方向がずれてしまったら意味が違ってきてしまうので、そこはクライアントと消費者の要望に応えていくというか。僕はデザインというものは、あくまでもアートの要素の一部をビジネスの中で使っていくものだと思っているので、そういう意味では社会のためにというか、アート的な一部の要素を社会のソリューションに使って問題を解決することがデザインの役割だと思っています。
―― 1971年生まれでいらっしゃいますが、物心着いた80年代あたりから各時代を見てこられていると思います。その頃から現在までデザインはどのように変化したと思いますか?
後智仁 自分が子供の頃の70年代から80年代にかけてはどんどん色んなカルチャーが輸入されてきました。「コンバースっていう靴があるらしい!」と、小学校2年生の頃にお年玉で貯めたお金を持って、アメ横にコンバースを買いに行ったことを覚えています。70年代はオーセンティックなものが海外から日本へ入ってくるという印象がありましたけど、80年代からは更に新しいカルチャーがあまり時間差無く入ってくるという感じはあったとも思いますね。例えば音楽で言えば「ラップっていうのがあるらしい」「ラップって何 !?」とか、90年代くらいになると「ハウスっていうものがあるらしい」「家(ハウス)って何!?」みたいな(笑)。大学のときは友達が米軍ハウスに住んでいたので皆で集まって遊んだり、少し話はズレますが『限りなく透明に近いブルー』の村上龍的な感じがまだ残っている時代でしたよね。
―― クラブカルチャーやストリートカルチャー的なことにご趣味を持ちながら、博報堂ではアートディレクションをされていましたが、80年代、90年代の時期に経験をしたことがお仕事をする上での石杖になっていましたか?
後智仁 80、90年代は「カルチャー=ストリート」みたいな時代でしたよね。自分もそういうのが好きだったし、デザイナーだけが知っている上品なものだけでは伝わらないと思っているので、今もそれが根本にある気はします。格好つけず思ったことがそのまま出ていたり、リアリティがあったり、あとは思いが大事ですよね。「生きていけないから、今言います!」みたいな。ストリートの良いところはそういうところだと思っています。そういった事も踏まえて、いまの表現でもそういうちょっと不器用な強さって人を動かすんじゃないかなぁと感じています。
―― クライアントからの要望は、ここ最近どのような内容のものが多いですか?
後智仁 僕が博報堂に入った頃はアートディレクターの大先輩である大貫卓也さんが大活躍されていて、表現至上主義というか、映画や小説とかと何ら変わりない力を持った面白い表現のものが多かったですね。それがイケてるか否かで商品が売れていたと思うんですけど、今はどちらかというとマーケティング至上主義。広告自体が媒体としてのパワーが落ちてきているというか、メディアって昔はTV、新聞、雑誌しかなかったところに、今はいろいろなところに情報があって、その受け取り方も多種多様になってきていると思うんです。そういう意味では落ちてきているというよりは分散している感じで、マーケティング的な考え方が必要になってきているのだと思います。
―― 広告を作る上で、マーケティング至上主義は良いことなんでしょうか?
後智仁 昔よりリスクがない方をとるという感じなんだと思います。簡単に言えば、皆が思いもしなかったものを作ろうというよりも、皆が欲しいものを作れば失敗がないし責任もない。いやらしいことを言えば「僕がやると言ったわけでなく、お客さんが欲しいと言ってた」と主張してしまえば、組織に属する人はその方がリスクは少ないのかもしれませんね。昔は会社に入って、デザイナーとしてここで一生やっていくみたいな感覚も皆持っていたと思うんですが、そこは変わったと思います。実際に僕も組織を辞めさせてもらいましたし。単純に今は広告の影響力が弱くなってきているからかもしれないんですけど、だけど結局は役立つかどうか、それだけなんだと思うんです。
―― 後さん自身は普段アートを観に行かれますか? またアートはご自身にとってどんな存在ですか?
後智仁 僕はキャンプとかアウトドアがちょっと苦手なんですが、アートを観に行くことは、アウトドアしていて気持ちいいと感じる感覚に近いのかなと。森林浴をしてなんか特別な気分になるというか、それに近い感じです。気分転換や達成感があるみたいなこととはまた違うんですけど、僕は木々を観ているよりはアートを観ている方が好きみたいです。アートを観ているとでっかい滝の前にいるような状態になるんですよ……ああ気持ちいいな、良い匂いがしてきそうだなみたいな。
―― アート作品はどのような作品を購入、所有されているのですか?
後智仁 最初は好きな写真作品を集めていました。写真作品を集め出したことがきっかけでギャラリーの方と話をする機会が増えたんですけど、そのときに「アートを買うことは、アーティストが次に制作するための資金を支援することになる」とギャラリーの方が話をなさっていて、その言葉に衝撃を受けたんです。それがきっかけでホンマタカシさんや上田義彦さん、半沢健さんなど、昔から一緒に仕事をさせていただき可愛がってもらってきたフォトグラファーさんの写真を買わせていただくようになりました。その後はギャラリーと付き合いができると展覧会に誘ってもらったりして、アーティストに出会う機会が増えて直接話もできるようになって、そこから気に入った作品を買ったりして、それで少しつづ増えていった感じですね。
―― 実際に作品を購入するようになって新たに気付いたたことはありますか?
後智仁 フォトグラファーの写真を買って思ったことがあったんですけど、仕事をさせてもらうという関係と、作品を買わせてもらうという関係は全く違うんだと思いました。僕が自分のお金で作品を所有するという行動が、作品を作っている人にとっては特別な行為なんだということに気付きました。相手を信用している証拠として写真作品を1枚買わせてもらうわけですし、それに自分の職業はアートコレクターではないですけど、購入させてもらうことで一気に信頼が深まるというか、購入する人と作家の特別な関係が心地よく感じますね。
―― 作品は知り合いのアーティストの方の作品を購入するのがほとんどですか?
後智仁 作家さんのことを知っていて購入することもありますけど、単純に一目惚れして購入することもあります。あと購入しているとギャラリーとの関係性も出てくるので、それも面白くなってきたりしています。ギャラリーって、欲しい作家さんの作品を探してきてくれますよね。初めて自分が探してもらったのはシャルル・フレジェという、世界の民族の写真を撮っているフォトグラファーの作品だったんですけど、ギャラリーに相談したら本人がリストを送ってきてくれて、そのやりとりが印象深く面白かったんです。このシリーズは売れてしまったけど、エディション1はアーティスト本人が家で飾って持っているから、わざわざ日本から連絡してくれてきていて本当に欲しいなら、本人が家で飾っている作品を譲ってもいいよ、というやりとりとか。僕は写真はアートのジャンルとしてはリーズナブルだと思っているのですが、自分はデザインの仕事をしていて写真は近い存在なので、写真には親近感があるので何だか嬉しいし面白いですよね。
―― 現在オフィスにある作品をご紹介いただけますでしょうか?
後智仁 歩きながらの紹介になりますが、まずはホンマタカシさん。それとニューヨークのファッションフォトグラファーであるマチェック・オビアンスキー。マチェックとは「ユニクロ」のニューヨークのキャンペーンを制作させてもらったときに仕事で知り合いました。それとネルホルですね、定点的に撮影した膨大な数の写真を立体的に重ねてカッティングしていくという珍しい手法と表現が気に入っています。あとはローレンス・ウィナーがすごく好きでポスターをよく集めています。百々新は木村伊兵衛写真賞を取った友人であるフォトグラファーなんですけど、博報堂のプロダクツのフォトグラファーなんです。それ以外だとアンディ・ウォーホルのサンデー・B・モーニングの珍しい初版とか、他にも色々とあります。
―― いろいろなタイプの作品をお持ちですね。
後智仁 好きなものに一貫性がないですよね(笑)。自分には基準とかあまりなくて、提案されて買うよりも好きで買っている方が気分的にも得だなと思っているんです。得っていうとなんですが、気に入っている作品を持っている方がやっぱりいい。儲けたくて持っていると悔しい思いをすることもあるし、壁に好きな作品がかかっている方が気持ちもいいですしね。
―― ところで、NTFのような新しい動きに関してどのように思いますか?
後智仁 デジタルアートにシフトしていくのは賛成です。自分もデジタルで作っているし、これからの子供たちは小学校に入って美術の時間でMacを使うとか、そういう時代がきていますよね。僕の時代は絵の具でしか描けなかったからとりあえず塗っていたけど、今やパソコン上で簡単に彩れるわけですからね。絵を描く上での手法のひとつではありますが、新しいアートの価値として見出すっていうことに対してはいいことだと思います。それにアートへの入り口はデジタルだったとしてもそこから彫刻をやるのもいいだろうし、作品を制作する側にも、販売する側にも選択肢が増えたという感じだと思っています。
―― 実際に後さんはラグビーをやっていたのに、美術に出会って今はデザイナーとして活躍されていますものね。
後智仁 元ラグビー部がデザインをやっている方が驚きですよ(笑)。だけどガッツのあるデザイナーは育つ(笑)。
―― ラグビーはクリエイティブなスポーツですよね。ルールしかり、チームワークしかり。
後智仁 そうなんですよ。僕はかつて大貫卓也さんというアートディレクターの神様みたいな方の下で働いていたんですけど、実は大貫さんもラグビー部出身なんです。当時カップヌードルの広告を作っているチームがあって、6人中5人がラグビー部出身ということがありました(笑)。デザイン界で活躍している人たちは、スポーツをやっている人が多いイメージがあります。感覚的なことってフィジカルから覚えたりすることもいいんだと思います。判断的には、危険を感じながらの方が精度がいいというか。これはあくまで私見です。
―― そこからソリッドになってデザインも研ぎ澄まされていく感じでしょうか。
後智仁 歳をとっていくと、何が自分に向いているのかがわかるようになりますよね。どういう人が僕をアサインするのがいいのかとか、どういうときに良いものができるのか、とか。自分がやっていることはアートではなく、デザインでありソリューションなので、この部分が欲しいんでしょってある程度わかった上で、どの部分でこだわりをみせていくかが勝負なんでよね。アートは自分に対する探求でもありますが、デザインはニーズに対する探求だと思っているので、そこは大きく違うなと感じながら日々仕事をしています。
―― 「STRAYM」のシステムをどう思いますか。
後智仁 僕はアートを購入することに関して、いろんな方法があった方がいいなと思うんです。このシステムは新しいトライだと思うし、ひとつの作品を自分で全額出して買うということはなかなか人生の中で訪れないかもしれないけど、「STRAYM」のようなシステムがあると、買える機会が多くの人に訪れるわけじゃないですか。自分の人生の中でアートに対する気付きがあったように、そういう気付きを生み出すという部分ではいいと思います。100個に分けたとしても、1つにしたとしても、アートにお金を払うという時点で行為は同じだから。「STRAYM」がアートを購入するという行為の入り口になって、教育的な動きができればすごくいいというか。素敵だなって。僕は、アートに対する価値観って所有側にもいろいろな考えがあっていいと思っているので。
―― 自分が好きなアーティストの作品を購入方法はそれぞれだったとしても、そのアートに対してお金を支払うという行為から、さらに気づくことがあるとは思います。
後智仁 いいなと思った作品でないと買わない、入り口は服を買うのと一緒ですよね。デザインは好きでも欲しい色がなかったら買わないじゃないですか。それと同じで、アート購入に対して自分が取った行為を理解していったら面白い。あとアートって作品の説明はされてますけど、アートを購入する仕組みの説明は意外とされていない。その仕組みを知ることも、アートを楽しむ上で必要なのではと思います。それもSTRAYMが担うところなのかもしれませんね。
―― この先、新しくやってみたいなと思うことはありますか?
後智仁 アーティストになりたいです(笑)。というのも単純にこれまではある意味で「ニーズに応える」という作業をずっとしてくる人生を送ってきたので、自分のために作るってどういう作業なんだろうという興味ですね。今からペインターにはなれませんけど、ジェフ・クーンズのようにプロジェクトごとにチームを組んで、それをディレクションをしながら制作するとか。賛否両論あると思いますが、そのやり方であればアートの世界にアートディレクターが多少乗り込んでいくことができるんじゃないかなって。人生もかなり終盤なので、自分のニーズに応えていくということをしてみたいなとは思いますね。